明け方に来る人よ






あけがたにくる人よ
ててっぽうの声のする方から
私の方へしずかにくる人よ
一生の山坂は蒼くたとえようもなくきびしく
私は老いてしまって
ほかの年寄りと同じに
若かった日のことを千万遍恋うている



目を閉じれば、あの鮮やかな赤を思い出す。
瞼の裏に焼きついたその色は、時がたったとしても色褪せる事無く…。


私を捕らえたまま


貴方は、あの日と寸分変わらないその姿であたしを見るのね。



いつからかな
あたしが泣かなくなったのは。グショグショになった枕を抱えて、眠れない夜を
すごしたのに。
今はもう、すっかり、口元をほんの少しだけ変える寂しさだけ。




その時私は家出しようとして
小さなバスケット一つをさげて
足は宙にふるえていた
どこへいくとも自分でわからず
恋している自分の心だけがたよりで
若さ、それは苦しさだった




好きだと
愛していると
もっと伝えることが出来ていたならば
何か変わっていただろうか?


いかないで
側にいて
貴方と一緒にいたかった




その時あなたが来てくれればよかったのに
その時あなたは来てくれなかった
どんなに待っているか
道べりの柳の木に言えばよかったのか
吹く風の小さな渦に頼めばよかったのか


あなたの耳はあまりに遠く
茜色の向うで汽車が汽笛をあげるように
通りすぎてしまった



あの頃のあたしは、もういない。
知ってしまった。想いだけではどうにもならない現実も、夢も。
私は大人になってしまったのか…。
いまやっと、あの頃の貴方がその唇に浮かべていた悲しい微笑が、分かる気がした。


捕われたままで
かまわなかった
あなたのその、大きな身体で、守られて、いたかった。




もう過ぎてしまった
いま来てもつぐなえぬ
一生は過ぎてしまったのに
あけがたにくる人よ
ててっぽうの声のする方から
私の方へしずかにくる人よ
足音もなくて何しにくる人よ
涙流させにだけくる人よ




瞳から一筋、ようやっと。








LOVE JUNK SYNDROME】 のカグヤ様から。
ちょっとした経緯から戴いてしまったSSなのですが・・・あまり泣かせないで下さい。
哀しくて、懐かしくて、でも透き通る様な。
御自身のサイトの日記にUPされていたものなのですが、
直接お会いした際に(強調 / 笑)、 飾ってもよいとお許しが出たので。
元の詩は 「あけがたにくる人よ / 永瀬清子」。
この件で 押入れの奥に眠っていた詩集を引っ張り出し、ひっさびさに読みました。
アーリュですよ。 確かにアーリュ。
何故こんな詩集を私が所有しているのかは不問でお願いします。
ああ、ミスマッチ。(=__=)

この様な美しい調べ、ウチなどに飾っても良いものなのか、正直判じかねておったです。(汗
カグヤさん、本当にありがとうございました!


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