AKATSUKI〜暁〜



涙さえ流れない夜に

煌めく星を見て



ザナルカンドへの復路、背後に視線を感じた。
振り向けばジェクトがこちらを見ていた。それもいつも背中ばかりを。
じろじろと見定めるようなそれではなく。
時折ちらりと感じる程度だったが。
少し気になって、
「・・・背中。何かついているか?」
と問うても
「いんや?」
と本人も特に意識をしていないようだった。




ミヘン街道の旅行公司でオーナーに妙な依頼をされた。最近この付近でチョコボを主食とした魔物が出るという。
ブラスカもアーロンも逡巡していたところにジェクトが意気揚揚と名乗りを上げた。
「困ってんだろ?良いじゃねーか!これくらいで力の出し惜しみをしちゃ、人間を疑われっちまうぜ?ブラスカよぉ!」
それを君を言うのかい?と言いながらブラスカもやる気満々のようだ。
仕方がないと、アーロンも臨戦体制に入る。
 


現れた敵に微塵の容赦なく、三人は攻撃を仕掛けた。
素早さに長けたジェクトが巨大な剣を真横に構え先陣を切る。
そこにアーロンが大剣に体重を乗せて叩きつけるように切りかかる。
食事の邪魔をされ、傷を負わされたチョコボイーターは唸り声を上げて3人に向かって来る。
巨大な握り拳に鋭い爪を閃かせ、力任せに腕を振り回した。
崖の方へ追いやられつつも、手にしたロッドに力を集めてブラスカは最大級の雷呪文を放った。
ふらふらとした足取りになったチョコボイーターに止めを刺すべく、アーロンが走り出す。
左側から袈裟掛けに切り裂く。
その攻撃にも僅かの生命を残した魔物は最後の力を振り絞り、攻撃後に出来る隙を狙って
アーロンに拳を振り下ろそうとした。
「アーロン!危ねぇっ」
ジェクトは叫ぶと同時に走り出す。
アーロンは左手で軽く裾を払い、すっと腰を落とす。
右足の踵を軸にして、勢いよく左の踵をチョコボイーターの頭に叩き込んだ。
後方上段回し蹴りが決まる。
今までの道中一度も見せなかったアーロンの体技。
流れるような動きに沿って、背中の漆黒が美しく躍る。





チョコボイーターを少々の苦労をしながら一掃し、いつものように部屋割りをした。
ブラスカが一人部屋で、ジェクトとアーロンが同じ部屋。
アーロンは荷物を下ろしてやっとベットに座った。
ジェクトも向かいのベットにごろりと転がって大きな溜め息を付いている。
「今日は疲れたな・・・」
ジェクトに向かって聞けば
「そうだな。」
とゆったりと応える。そしてまたあの視線。
「なぁ、この2、3日気になっていたんだが、俺の背中に何かついているのか?」
ゆっくりと体を起こしながら、ジェクトが笑った。いつものシニカルな笑みではなく、彼の自然体が見せる笑み。
「悪ぃ。気になっちまったか。いや・・・、お前の髪がよ・・・。スワロウテイルみたいだなって思ってな。」
聞きなれない言葉。
「スワロ・・・?何だ?」
「あ?こっちにはツバメっていないのか? 黒くて速く飛ぶちっこい鳥なんだけど」
いるに決まっているだろう? と答えながらまたアーロンは首を傾げる。燕がどうというのか。
「ザナルじゃ、ツバメの尻尾を『スワロウテイル』って言うんだよ。おめぇが剣を振る度に揺れるその髪が・・・」
「燕の尻尾のようだと?」
ジェクトの言いたい事が今ひとつ掴めない。その表情が見て取れたのだろう。
「おいおい。褒めてるんだぜ?すっげー綺麗でよ、動くたびに背中に沿って動くのが目に付いちまって。」
アーロンの座るベットにジェクトはやってきた。そこでもごろりと転がって、話題のアーロンの髪に手を伸ばした。
まるで巨大な猫科の肉食獣みたいだな、と思いながらジェクトの好きにさせる。
「手触りも良いんだよなぁ・・・。好きだぜ、お前の髪。」
髪を梳きながらアーロンの肩に手を伸ばして、そっと後ろへ引き倒す。
「好きなのは髪だけか?」
つい聞いてしまった。
それには答えず、ジェクトは被さるように顔を寄せる。
柔らかなキス。
「馬鹿・・・。風呂・・・入らなければ・・・。」
にんまりと笑ってジェクトは言った。
「後にしようぜ?どうせ汗かくんだから。」
















旅は終焉を迎えた。
最も望まない最期。
ブラスカは究極召喚の為に命を落とし。
ジェクトは、最たる厄災となった。
俺は死ぬわけにはいかない。
彼らの。
いや、彼との約束を、果たさなければならないのだから。











此処は夢の世界。
ジェクトの住んでいたザナルカンド。
光が溢れ、ぎらついた街。


ジェクトの子供もやっと懐いてくれ、今は船のような家に二人で暮らしている。






静かな夜明け前。
眠る子供の頭をそっと撫でて外へ滑り出る。




東の空が朱くなりつつあった。
少し歩いた所に海に突き出す丘がある。
海に面した風の通り過ぎる場所。
都会の喧騒を離れ、スピラを思い出させる美しい丘。
そこに一人立ち、暁を眺める。
海面を割り現れようとする太陽は、鏡のような海に映り幻想的ですらあった。
誰に言うとも無く、海へ言葉を送る。
「あんたが好きだといってくれた髪だ・・・。」
小さなナイフを右手に握り、結わえた髪に当てると躊躇い無く引き抜く。
微かに響く切断音。
冷たい漆黒の髪はアーロンの手の中に落ちた。
吹き荒ぶ風に乗せて、瞑目する。



・・・あなたに届きますように。



零れ落ちる一筋の涙。











声、だ。
よく知る声だ。
冷たい深海の底に巨体を横たえて、声を聞く。
     泣いてンのか・・・?アーロン・・・。
こんな忌々しい体になって下らないが良かった事がただ一つ。感覚が敏感になった事だ。
遠くの声も良く聞こえる。聞こえ過ぎて、泣いている事まで解ってしまう。
そして、気が付いた。風に混じるあいつの匂い。
これは、あいつの髪か?あのピンとして綺麗な。俺の大好きな。
僅かに身を捩るだけで起きる荒々しい海流。このまま体を動かせば、津波をも起してしまうだろう。
それでも、逢いたい。
逢いたい。
逢いたい。
その感情に混じる止めようも無い破壊衝動。
コ ワセ
コ ワセ
コ ワシ、タイ
黙れ!黙りやがれ!!この俺の大事なもんは絶対にてめぇ何ぞにはくれてやらねぇ!







俺は吼える。下らん奴に負けないように。







だから。
逢いたい気持ちを全部押さえ込んで、現実世界へ、スピラへと還る。






世界が揺れた気がした。空気が振動して先程よりも強い風がアーロンに叩き付けた。
目には見えない濃密な空気が流れる。
「ジェ・・・クト?」

















10年の月日が流れ、最期の時が始り。
今、終わる。
全ての厄災が去り、やっと自由になった。




「よお。お疲れ。」
ジェクトが風の中から声を掛ける。
「あんたもな。」
アーロンも笑って声をかけた。
無言でお互いの肩を叩き合う。
「あー。うまい酒飲みてぇ!うめぇもん食いてぇっ!!」
言いながら、ジェクトが豪快に笑う。
「俺もだ。ゆっくり酒を飲みたいもんだ。」
「俺、アーロンちゃんも食べてぇ〜」
10年の月日によって培われた氷のようなアーロンの視線がジェクトに突き刺さる。
「もう一回死んで来い。」
くるりと背中を向けて、ジェクトを置き去りに歩き始める。
「げっ!冷てえ!アーロンちゃん冷たすぎっ!」
アーロンの背中を追いかけながら、ジェクトが告げた。










「あん時・・・。お前の声、ちゃんと届いたぜ。」
背中のままアーロンが答えた。
「そうか・・・。」
声に僅かに照れが滲む。ジェクトはそれを敏感に感じ、とても嬉しくなった。
「とりあえずよ。やっぱ酒だ!酒!酒!!」
「今日だけは朝まで付き合ってやる。」




アーロンの肩に手を廻して、光を目指して歩き始める。
安らぎの待つ世界へ       




東の空を朱く焼いて

私はまた舞い上がる

RISE

                





                                                                  end                             


静かな中に壮絶な背景が。 幸せな思い出との対比。辛いです。
ああ、この人は一瞬にして全てを失ったんだなあ・・・・
私がしても仕方ない。けれど本当に代われるものなら代わってあげたかった。
『無念』という言葉ではアーロンを思い出しがちですが、
ジェクトもきっと。ブラスカも。どんなに納得して逝ったとしても。

若きアーロンの戦う姿、それは舞う様な。・・・・美しかった事と思います。
そして なにげない日常の中、ジェクトが口にした「スワロウテイル」。
ジェクトの、アーロンへの愛は 正にこんな形だったんだろうな。
髪を切るシーンは、切なすぎる彼の思いと激動への開幕を思わせ、胸がグッと熱くなりました。

ジェクトの思い。 アーロンの想い。

鮮やかに散っていった男達の物語に、今、改めて乾杯です・・・!<そしてまた一人酒か・・



これは安藤蒼師様のサイト【CRYSTAL WIND】で2662を踏んでリクエストした際に、
リクSSとは別に“おまけ”として先に戴いてしまったものです。
“おまけ”で・・・コレですか? 信じらんねえです。
泣き崩れている場合ではないですね、お礼言ってない。

――――本当にありがとう。 感謝しきれません・・・・!


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Art by Silverry moon light